宗教とサイエンスの対立。

今日は友達のイサベルから面白い話を聞いた。

イサベルの子供、マリアは8歳。
今、大きな疑問を持っている。
生物の時間に習ったのは、「人間はサルから進化した」ということ。
人間が、あんなサルから「進化」したなんて考えたくないと言ったらしい。
あんな、お尻をかきかき歩く、服も着ない、毛むくじゃらの動物が自分の遠いおばあちゃんやおじいちゃんだなんて絶対嫌っ!と(笑)
パパのペドロが、それについて一生懸命、彼女の頭を柔軟にするよう試みた。

それは「嫌だわ」「考えたくないわ」と言ったところで、事実であって、それを考えることから「より深い学び」が生まれること、人間は目をそむけず知るべきことだと。

すると、マリアは言ったのだった。
じゃあ同じ学校で、同じ時期に宗教の時間で習った、「人間は神様が作った」と言うのは嘘なの?と。
日本の普通の学校にはない「宗教」の時間。
今もスペインの公立校には、選択制ですが当然のようにあるのです。

その話を聞いて、「サルがサルを産むはずのものを、ある瞬間人間へと進化した、それが神の手によるものだ」とでも言えばよかったんじゃない?と私は思ったのだけれど。

イサベルが言うことに、宗教の時間で習ったのは、もっと細かく「神が人間を塵から作り、息を吹き込み、男を作った。それから、男のあばら骨を取り出して女を作った」というもので、そうなると、サルを神様が作ったのか、人間を作ったと言う聖書が嘘を言っているのかという話に発展してしまったとのこと(苦笑)

ペドロはドギマギ、頭が痛くなってしまったらしい。
後でこっそりイサベルに、「マリアはバカなんじゃないか?」と言ったとか。
事実を「嫌だわ。認めな~い」と言い放っちゃうこと、聖書が嘘ついてるの?と言っちゃうことについて、彼には信じられない質問だったらしい(笑)
いやいや、マリアは素晴らしく頭がいいと私は思う。
だって、バチカンの教皇様と同じことで悩んでいるんだもの(爆)

21世紀の今も続けられている「ガリレオ裁判」の正誤。
1633年に地動説を「間違いだった」と認めるか、死刑になるかせまられ、「天動説」を認めさせられた裁判は、1992年に!ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世によって、間違いを認められ、ガリレオ死後350年後にとうとう謝罪がなされたわけだけども。

改めて調べてみたら、Wikipediaにこんなことが書かれていた。
2008年と言えば今年っ!
ローマ法王ベネディクト16世は、ガリレオの「有罪」は公正だったと発言し、批判を浴びて、1月17日の講演が中止になったとの記事。

世界の大人達がこぞって頭を痛めている、宗教とサイエンスの融和(などあり得ないんだけど)について、8歳の女の子が同じ矛盾を考え込んでいるのよね(苦笑)

事実が明らかになった今でさえ、毎週日曜日教会では「神が塵から男を作った・・・」と説かれ、聖書に教えを請う人々がいて、学校でもそれを教え続けている。
聖書の言わんとすることを受け止める人ばかりではなく、聖書のすべてを真実と受け止めることが神への忠誠と思っている人も本当にいる。
宗教を持たない私には、一番理解できない部分だったりする。

ちなみにくうまも、宗教を選択している。
だって道徳を学ぶ上で、悪くはないかなと思って選択させているのです。
でも、神が人間を作ったと言う部分は聞き流しているもよう。
くうまにとっては、魚から、肺魚が出現し、両生類、爬虫類、鳥、カモノハシを経て哺乳類、そして人類が出現したということの方が、スペクタクルで納得できるものだったらしい。
人間を作ったのは、「地球」であると思っている。
サンタクロースも、歯と交換にお金を持ってくるペレスねずみも信じていつつ(笑)



さて、マリアのような子達は、宗教とサイエンスの矛盾を消化して、最後には、聖書のフィクションを納得しながら、信者になっていくのでしょうか。
興味深く思うのでした。



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by africaespa | 2008-02-25 21:45 | 村の小学校

子供と一緒に楽しむ南スペイン。


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